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「北壁に舞う」長谷川恒男|生き抜くことは冒険だよ

こんにちは❗️😄

柿です。🍅

今日は長谷川恒男の北壁に舞うをご紹介します。😄

長谷川の山登りには死がつきまといます。

長谷川が山登りを徹底的にやってやろうと決意したのは谷川岳で仲間の1人が転落し、亡くなってからです。断末魔の叫び声を聞き、恐怖で足がすくみながらも。😖

とことん勝負してやろう。命のやりとりだ。

と長谷川は考えました。

彼が人生の勝負を壁にかけてやろうと思ったのは、この時が初めてでした。

また、ある時、山登りを教えた女性が谷川岳で転落し亡くなった時、その女性の父親は冷たい視線と共に、長谷川にこう言いました。

あなたが娘に岩登りを教えたからいけないのだ。あなたが娘を殺したんだ。

これに対し、長谷川はこう考えます。

死んだ彼女だけが私のせいではないことを1番よく知ってると思う。そして登山🏔の楽しさを教えたことに感謝してくれているのではないかと思う。と

また、グランドジョラス🏔登攀時の眠れない夜にはすでに亡くなった弟子の幻聴が聞こえます。

長谷川さん。誰かが外で呼ぶ。長谷川さん内田ですよ。なんだ、私の愛弟子だった内田修一くんかと思うが返事はしない。

長谷川さん。

返事をしないとガヤガヤ賑やかに話し合っている。会話をしている。楽しそうだ。

ふっと意識が戻りこれは幻聴だと思い直す。もし私が答えたら彼らは暗い宙空🌌に浮かんでいて私は落ちて死ぬ。テラスは私が横になれないほどの小さなスペースしかないのだから。

このように、多くの仲間の死を経験しながらも、長谷川は山登りと死についてこのように考えます。

山登り🗻は死ぬために行くのではない。絶対に死ぬためではない。よりよく生きるために命の証を求めていくのだ。その行動に尊い生命がかかっているのだ。

また、自分が山で死ぬ可能性についても、このように話しています。

これだけ山⛰を理解し、山を愛し、山と一体感を持って壁をよじれるのなら、山だっていつか私を好きになってしまい、私を懐深く抱きかかえてて、もう君は私のものだよと言うかもしれない。その時はその時だと思う。

山を愛し、山から人生を学び、生きる勇気と自信を得た私が山に愛されて抱かれる時が来たなら、それもよしとしよう。

そして私が死んだ後、もし私同様に若くて臆病な青年がたった1人で山をよじっていたら後ろから支えてやろう。さぁ頑張って1人で登る事は大変だけど、とっても楽しいことなんだよ、そう耳元で励ましながら。

長谷川は1991年、ウルタル二峰🏔で雪崩に会い、亡くなりましたが、きっと彼はそれもよし、と思っているでしょう。

また、亡くなった後も山を愛し、山を登る人たちを後から支え続けてくれているでしょう。

最後に長谷川にとって神様のような存在である
ワルター・ボナッティの言葉を紹介します。

山の男よ
生命は悲しいかなほんの少ししかない
だから山の男よ
行け
そして祈る
死ぬなと

以上、長谷川恒男の北壁に舞うをご紹介いたしました。

このブログではサラリーマンなどの忙しい人が、短い時間で良い本に触れ、人生が豊かになることを目指しています。🤗

有り難うございました。😄

ABOUT ME
7才の息子と3才の娘のパパです。子供の才能を伸ばすためには自分自身が勉強しないといけないなーと思い、色々とチャレンジしたり、読書したりして勉強しています。子育てや勉強を通じての学びをブログで共有したいな〜と思っています。😊